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千住博の美術の授業 絵を描く悦び

千住博の美術の授業 絵を描く悦び (光文社新書)

千住博の美術の授業 絵を描く悦び (光文社新書)

 

Amazon プライム会員特典の読み放題の本。

私は趣味で絵を描くのと、少しだけ美術の勉強をしたことがあるけど、正解のない表現の世界がよくわからなくて読んでみた。

文章が読みやすい。そして分かりやすい。

 

自分なりに体感してたことが書かれていて、やっぱりコレでいいのか~と思ったことや、ダメだと思っていたことがむしろそれでよいと気づいたり、絵を描く人には特にオススメ。

絵を描かなくてもモノづくりや表現をする人ならオススメ。

また、間接的に何かを感じて得ることのできる人はこの本を読むと他のことにも同じことが言えると気づくかもしれない。

 

今まで自分が何かに選ばれたことって、やっぱりそこに熱がこもっているもので、作品ならそれに対する熱だったり、人選のときは自分の仕事の取り組み方や想いだったり、熱がこもっていることがいかに重要か…本を読んで改めて感じさせられた。

 

 

メモ:

・まずは、ないものねだりをするのではなく、自分にあるものは何か、ないものは何か、をしっかりと見極めることが必要です。

・すべての答えはすでに自分の絵の中にある。自分の絵の中から、いわば不純物をどんどん取り除いてゆく。これは私の「形」ではない。これは私の「色の組み合わせ」ではない。そう思ったら思い切って捨ててゆくべきです。どんどんそぎ落としてゆくこと、勇気を持ってやってみることです。

・絵というのは、結局夢中で描いていたところだけがその絵を面白くさせているものなのです。結果的に画面が少々汚くても、そのようなことはまったく問題ではなく、夢中になって描いたことが人の目をひきつける。

・まず最初にどこに目がいってほしいのか、次はどこなのかを考えてほしいと思います。  5‐4‐3‐2‐1の力の入れ方で描けばいいのです。全部を同じ力を入れて描いたら、画面のどこから見たらよいか見る人はわからなくなってしまいます。

・「絵は仕返しをする」という怖い言葉があります。余白として空間を大事に扱ったというのではなく、興味がないと思って置いてあるだけの空間は、作品の味方にはなってくれません。

・心の中で叫ぶと、そうなってゆくものなのです。要するに意識することなのです。

・余白は私たちのこの空間まで連続してくるのです。  そこで初めて、私たちも余白の中に存在している、と気がつきます。

・背景を背景だと思わないほうがいいと思います。手前に描くものと背景、というように分けるのはよくありません。全部で一つなのです。

・好きなところや気になるところばかり描き込むとどうしてもバランスが悪くなります。

・絵を描く悦びを私に伝えてあまりあるものがありました。そしてこれがそもそもアートの原点

・最後にまとめ上げようとしてよくあるような色の組み合わせを入れることにより、公募展でしばしば見かけるようなつまらない作品で終わってしまう場合があります。

・どうしてもその色でなくてはならないという、その色を使う切実な自分の思いというものがそこに本当にあったのだろうか、

・楽してまとめようと思わないことです。

・作品の魅力は人物の魅力なのですから、

・大切なのは、そこで捨てようとしたときに、どうしても捨て去れなかったものです。画面に浮かび上がってきたもの、そして残ったものです。そういうものが作品の魅力的な要素になってくるのです。

・それには画面と対話するしかありません。画面がどうなりたがっているのか、冷静に聞く耳を持つことです。

・ながら、自分の絵の中に他人の問いかけまでも持ち込まないこと。A君は、B君はこう思っているけど、ついでに聞くけどどうなんだ、などという他人の話までも入れていてはムチャクチャになってきますよね。

・まずはとにかく描き込むことを考えたほうがいいと思います。描いて、描いて、描いていったら最後はどうなっていくのでしょうか。

・煮詰めることによって画面から不必要な形を消していくこと。つまり画面をまとめる最小限のものだけ残すこと。自分にあるものだけを残すことです。

・これ以上描いたら絵は壊れてしまうのだということを自分で知るということ。

・自分の絵を客観的に見ることです。自分が楽しんで描けたところ、面白いなと思うところ、偶然できたような、なんともいえないような美しさの部分は、自分で画面を見ても、絵の魅力になっていると感じるのではないでしょうか。

・悩む暇があったら描き込む

・むしろ私は「質より量だ」と考えています。質の高いものというのは、量を描いている中に、偶然混じっているものだからです。

・才能というのは、得意・不得意、上手・下手には関係がありません。いかに夢中になって取り組めるかということなのです。

・何かをやって成功するタイプとはどんなタイプなのか……。それはとにかく一言で言えば「とことん好き」という連中です。

・端から見ると大変な苦労に見えるでしょう。しかし本人は夢中なので、苦労とは思っていない。しかしまあよくそこまで、という感じに見える。一流と言われる人には、これが共通しています。

・「絵があってよかった。絵がなければ私は死んでいたかもしれない」というようなことを美術家の森村泰昌さんが言っていました。それは私のセリフでもありますし、すべての世界の一流画家の言葉でもあります。

・技術より内容が上回っているくらいがちょうどいいというわけです。技術が上回っていると、ついつい内容より技巧的な部分が勝ってしまい、結果的に何というか、心のこもっていない冷たいものになってゆくみたいです。

・とにかく好きで夢中になれることが大切ということです。でも、それだけではありません。同じくらい大切なことがもう一つあります。それは「伝えたい心」を持っているということなのです。どうしてもこれを人々に伝えなくてはならない。これを見てくれ、感じてくれ、という強い想いです。

ギリシャの哲学者アリストテレスは「アートとは人に見せたくなるもののことを言う」と言っています。夢中になって制作する。そして見てもらいたい、世界中の人に見てもらいたい、そういう強い想い。この二つが両輪となって、画家は世界に向かって発信してゆくのです。

・何かに夢中になれるということは、作品の「量」をつくれることにつながります。

・絵というのは画面全体から伝わってくるひとつの雰囲気が大切です。

・そして次が形です。まず色ありきです。

・今自分はいったい何のためにこの辺を塗っているんだ? といつも考えることです。

・このアカデミックなにおいが学校の中ではしみついてしまうこともあります。こうするとちゃんとなるような錯覚があるからです。教えるほうは、なるべく一般論を教えるしかないので、どうしてもとりあえずこの方向で指導してしまう。でも実はどんどん絵をつまらなくさせている原因でもあります。

・何をやろうとしているのか、ということをいつも心に留めておかないと、あらぬ方向に行ってしまいます。

・客観性を持って自分の絵の良さに気づいたら、見る人は同じように画面全体から伝えたいことを受け取るでしょう。

・一つのモチーフをぽっかりとあとまわしにし、最後に描く人が時々います。でもそれでは上手くいきません。切って貼ったような感じにどうしてもなってしまうのです。

・素直に描く絵には、自然と自分が出ます。

・びっくりするような格好で歩いている芸術家がいたら、まず間違いなく作品は大したことありません。これは私の経験上の事実です。

・逆に「私は個性的でなんかない」と本気でそう思っている人は、とんでもなく変わった作品をつくっていたりしますので、いわば要注意。これも本当です。自信の表れ、ということと、もう一つ、夢中になってものをつくっているので、他人から見て服装が個性的かどうかなどという相対的なことにはまったく関心がないのでしょう。

・個性とは、消そうとしても浮かび上がってくるもののこと。にじみ出てくるもののこと。付け加えて出してゆくものではないということがここからもわかります。

・最後はその人の人間性なのです。自分自身が鏡のように絵の画面に出てしまいます。人間の個性が実は作品の個性になっていくのです。

・いい作品であればあるほど、見る人の心の鏡になってさまざまな思いや想像、記憶を引き出すツールになっていくということが絵画の大きな特徴です。

・他の人と同じものを描いても、同じにはならない。普通のものを描いているときに一番その人らしさが出る。個性というのは、隠しても隠しても出てしまうもの。

・きっと私と同じに感じている人がいるはず、この絵がないと生きていけない私の思いは必ず伝わるはず、という叫び声なのです。

・しかし、描き終わったら絵には使命が生まれるのです。それが芸術というものです。

・これだ、というモチーフに出合ったら、本当に大切にして、ずっと描いていく、その気持ちを持ってほしいものです。

・そのときはこういうことが描きたい、と思ったそのテーマが自分に合っていないのではなく、それを描くために具体的に登場させるモチーフの選択や絞り込み方に誤りがあることが多いと思います。やろうとしていることが間違っているのではない、方法が間違っているのだ、ということです。

・まわり道は結局不必要なアカデミックな様式や他人の真似をひきずるだけで、いいことはありません。最短距離にこそ、その画家の個性が出てくるのです。

・描けば描くほど図解説明になってゆくことが多いようです。

・好きなものだけ描いていくこと。それが絵を描き続けていく情熱を失わない一番大きな秘訣になるのです。能力の六分、七分までしか使わなくともなんとなく描いて、なんとなく絵になるという人は、いつしかそこで「なんとなく」という軽いノリが突如絵を描くということに対しても出てしまうことがあるようです。結局、これは人生なのです。そういうことが一回あると、絵を描くこと自体をパタッとやめてしまういい理由、言いわけになってしまうのです。

・今夢中になってやる。これが人生というかけがえのないワンタイム・パフォーマンスです。それを好きなことを通して生きていける。こんなすばらしい人生はないはずです。上手くいく、いかないの問題ではありません。

・重要なのは、自分で自分を飽きさせないということです。ずっと描き続けていくための一番大きな鍵は何かというと、自分の才能をいとおしく思うことです。恥ずかしくても「われながらいい絵だ」、そう思うことです。

・そしていろいろなところへ行って、その世界を表現できるような同じテイストのものを探すというのが、取材をするということの本当の意味なのです。

・馬も何十作と描けばいい。しかし他のものにもどんどん挑戦してください。

・自分のイメージを最初に煮詰めるということは、実は正攻法なのです。自分の中でまず描きたい作品のおぼろげなイメージを作り上げること。気がついたらモチーフに引っ張られすぎてモチーフをただ描いていただけ、ということにならないためにも、自分の「これは出したい」というイメージをしっかりと持つこと。

・自然界にすべての物事の最もきれいなパターンが示されているからです。

・それを見ているうちに、葉一枚、蔓一本にもどんなものにも愛情が湧いてきます。しっかりがんばって生きているのだな、という気になります。そうしたら半分は完成したようなもの。あとはかわいいと思ってそれを描くのです。

・私たち人間が絶対の正直の原点に立ち戻ったとき、人間として共通の意識で本当の美的な感動に正直に向かい合っているか、これが最大の鍵なのです。そしてそれは世界に通じます。

・自分の言葉で、自分の美しいと思うことを発言することです。それが本当に美しければ世界も皆さんと同じに美しいと感じるのです。必要なのは一個の人間としての絶対の正直と自分を信じる力です。

・描いていて楽しいということは、見る人にとっても必ず楽しいものだと思います。

・賞をとらなくても夢中になって描いた人の作品のほうが結局は人の心に残るのです。