読んだ備忘Log

本とマンガの読書感想ブログ

ずっとやりたかったことを、やりなさい。

 

ずっとやりたかったことを、やりなさい。

ずっとやりたかったことを、やりなさい。

 

買うきっかけは、「ストレングスファインダー」という長所診断がやりたくて、アクセスコードを手に入れるのに「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう」という本を買ったこと。
その書評に、標記の本がオススメされてたので、こちらも購入した。

 

この本は、“モーニングページ”なるものを勧めていて、起床してすぐ、思いつくことを思いつくままノートに書くことを勧めている。毎朝3ページ分…長い。

 

それ以外に1週ごとにやることが書かれていて、12週 で終わる。

 

本に書かれたワークをやると「創造性」が回復するという。

 

ここで言う「創造性」とは、訳者あとがきにもあるが、表現者のクリエイティブさを表す創造性という意味以外に、誰にでも共通してある自分らしさという意味でも使われている。

 

【訳者あとがきより抜粋】
~本書で取り上げられている「創造性」が、「芸術家」だけがもてる特別な資質ではないことを断っておきたい。自由を保障された一人ひとりの人間が、個性的に自分らしく生きていくために欠かせない資質として、著者は「創造性」を位置づけている。~

 

一応、「創造性」=自分らしさ とあるけど、文を読むとアーティストや表現者の創造の意味のほうが理解しやすく、自分らしさで理解するには少し難しい気がする。。。

 

私は趣味でアートもやってるので、「創造性」をそのままの意味で理解することにして取り組んでみた。6月に始めて今日で丁度12週を終える。

 

 

まず、この本の一番の特徴である“モーニングページ”だけど、ノートに3ページは大変。

A4ノートに3ページ書くと私は40分かかった。それも結構な走り書きで。朝の40分ってハードルが高い…。
とりあえず毎日数行~数十行でやり、最後の12週だけ3ページを頑張った。

 

このモーニングページ、本にはある程度日が経つまで読み返すなとあったので、指示があるまで読み返さなかったけど、2ヶ月後くらいに読み返したのかな?面白かった。

あのとき真剣に悩んでたことが、今は悩んでたことすら忘れてて、時間が解決するって本当だなと思ったこと。すると今の悩みもすっと抜けていく(笑)

それと結構良いことが書いてあったりする。そのときの自分の気づきが書いてあって、これも忘れてたけど、自分ながら良いこと書いてるなと称賛&笑った。

あとは、朝だとあまり悩みがない。他の脳関係の本で夜は疲労がたまって悩みやすいとあったのを実感。何か考えるなら朝だなと腑に落ちる。

 

他のワークでは、自分のための時間をつくって自分に付き合ってあげようという「アーティストデート」のオススメ。大人になると物分かりがよくなって、つい損得や効率を考えてくだらないことをしなくなるけど、そこを満たすと自分の枠を打ち破れる。
本「7つの習慣」のTo Doを重要度でランク付けをするのに似ている。それより強制的。

 

あと、今週はシンクロニシティがありましたか?と毎週のチェック項目で聞いてくる。
自己啓発本を読むと第六感や内なる声がでてくるけど、それに気づくよう毎週聞いてくる。

 

シンクロニシティは、この本を読み終えるつい最近、特大のやつが来た。
自分の趣味の作品づくりで、どうしたら上手く自分の中のものを作品に出し切れるんだろうと思ってて、それがここ1~2ヶ月くらいの自分のテーマだった。最近、身体の調子が悪くてずっと寝てなくちゃいけなくて、やってることや計画や思いを全部手放すハメになった。すると、心地いい感覚がスコンと落ちてきて、わかった、これならいける、と腑に落ちた。身体の調子もそこから一気によくなった。

 

そこで思い出したのは、この本のワークにある「断・活字」「断・情報」。コレ、たぶんインプットを断つだけでなく、自分の思考も遮断するとすごい効果があると思う。
今、本のハイライトした部分を見返したら書いてあった…(--;)
「アーティストは何もしないでいる時間をもたなければならない。」
頭でわかるのと身体でわかるのは違うな~(^▽^;)

 

それと、作品づくりについて。これも本に書いてある。
「何かをひねり出そうとするとき、私たちは自分の手の届かないところにあるものに手を伸ばそうと懸命になっている。一方、何かを「降ろそう」とするときには、努力も緊張もしない。」
自分の中のものをひねり出すのでなく、差し出すんだな~と気づいた。これも実際に自分がそういう状態になって、身体でようやくわかった。
このスッキリとした温かい柔らかい感覚を覚えていたい。余裕が違う。

 

この本、クリエイティブな仕事をしてる人にはオススメ。
そうじゃない人も、創造性を自分らしさと読み替えて柔軟に解釈できる人なら役に立つかも。

 

 

 

自分メモ:

・私は創造性とは人間の本性であると信じるようになった。

・⑤創造性とは神からの贈り物である。創造性を用いるとは神に贈り物をお返しすることだ。⑥創造的であることを拒むのは、自分勝手であり、私たちの本性にそむく行為だ。

・自分にもっとも必要なことに、私たちはしばしば抵抗する。この事実を覚えておこう。

・人生を振り返ってみると、ほとんどの人は、他人の人生や希望、夢や計画に巻き込まれ、自分自身の創造的なエネルギーを浪費してきたことに気づく。

・ころころ変わる他人の気分に振り回されることも少なくなり、より柔軟に生きられるようになる。そのとき私たちは、自立することの真の意味を知る。

・◎「遅すぎる」と自分自身に言うのをやめる。 ◎お金が充分にたまるまで、自分が本当にしたいことをするのを待つのをやめる。 ◎より創造的な人生を求めるたびに、「単なるエゴさ」と自分自身に言い聞かせるのをやめる。 ◎「夢は取るに足らないものだ。それはしょせん夢でしかない。お前はもっと良識をもつべきだ」と自分自身に言うのをやめる。 ◎家族や友人に、頭がおかしくなったと思われるのではないかと恐れるのをやめる。 ◎「創造はぜいたくであり、すでにあるものに感謝すべきだ」と自分自身に言うのをやめる。

・もっとくだけた言い方をするなら、それは「脳の排水」と呼んでもいいかもしれない。脳の中を掃除することが目的だからである。  モーニング・ページには間違った書き方というものはない。

・長期間、モーニング・ページを書いていて、予期せぬ内的な力に出合わずにいることは不可能である。これは内的な世界へと入っていく通路であり、明確な自己感覚を育む道なのだ。

・真剣にモーニング・ページを書いている人は誰でも、自分の内部の知恵の源とつながるようになる。モーニング・ページは私たちを絶望から救い出し、思ってもみなかった解決へと導く。自分でどうしていいかわからないつらい状況や問題に出くわし、行き詰まったとき、私はモーニング・ページに向かい、導きを求める。自分のイニシャル「LJ」(Little Julie)を書いて、質問を投げかけるのだ。それから答えに耳を傾け、書きとめる。

・もう一度言おう。三ページの余白を埋めさえすれば、何を書いてもいい

・あなたの中のアーティスト・チャイルドとふたりきりで時を過ごすのは、自分を養うために欠かせない。

・毎週、アーティスト・デートに時間を割くようにしよう。そして、それから逃れようとするあなたの心の動きを観察してほしい。この聖なる時間がいかに簡単に奪われやすいかいかに第三者の侵入によって邪魔されやすいかを見つめてほしい。そのうえで、侵入者から身を守る術を学んでもらいたい。

・よい作品の核心には、遊び心があることを忘れずに。

・モーニング・ページは自分が何を考え、何を必要としているかを知らせてくれる。私たちはそれによって問題のありかを突き止め、自分がどんなことに関心をもっているかを知る。それが祈りに似た第一のステップである。第二のステップであるアーティスト・デートでは、その解決策が見えてくる。おそらくそれに劣らず重要なのは、アーティスト・デートによって、実際の創作に役立つ素材が蓄えられることだろう。

・魔法は喜びや楽しみをもたらす活動の中に潜んでおり、義務的にこなす活動の中にはない。だから、できるだけ自分にとって興味のあることや、関心を抱けるものを探求してもらいたい。そして、うまくやろうとせず、神秘を大切にしてほしい。  義務は私たちを無感覚にさせ、興味を失わせるが、神秘は私たちを引きつけ、導いてく

・規則正しい反復的な行為も創造の井戸を満たしてくれる。針仕事は心を鎮めてくれると同時に、芸術的なセンスを刺激する。縫い物をしているときは、物語の構想を練っているのと同じ脳が働いているのだ。

・創造性を妨げる障害を取り除くには、あせることなく、おおらかにゆっくりと進まなければならない。ここで追求しているのは、古い傷を癒すことであって、新しい傷を創造することではない。どうか背伸びをしないでもらいたい! 失敗は必要なのだ! つまずくのはあたりまえなのだ。まだあなたがよちよち歩きの段階にいることを自覚してほしい。

・このなかでもっとも強い影響力をもっているのは、社会通念を通して植えつけられた〝常識〟だ。しかし、常識を心の中から一掃したとしても、家族や教師や友人から得た否定的な思い込みがしつこくつきまとい、放っておけば、やはり足元をすくわれてしまうだろう。ここで私たちがしなければならないのは、それらに直面することなのだ。  否定的な思い込みはまさに思い込みであり、事実ではない。

・それでも肯定的な言葉を選び、自分に言ってみよう。たとえば、「私(あなたの名前)はすぐれた才能をもつ多作な陶芸家(画家、詩人、音楽家、その他なんでも)だ」というような言葉。それをノートに十回書いてもらいたい。

・あなたは、潜在意識から浮かびあがってくる不快な声に驚くだろうが、じっとがまんして聞いたことすべてを書き出してみよう。それがあなたが抱いている否定的思い込みの応援歌であり、あなたが自分を解放するのを妨げている障害物である。

・その否定的な言葉はどこから来たのだろう? 母親? 父親? それとも先生? ありえそうな源をすべて探ってみてもらいたい。  出どころを突き止める一つの効果的な方法は、タイム・トラベル

・創造性を回復しつつある私たちにとって、もっとも害になる遊び仲間は、いまだに創造性を阻まれている人間である。私たちの創造性の回復が、彼らを脅かすのだ。

・創造性が回復してきたら、それを大切に守ってやることが大切である。そのためには、創造的な活動をする時間を確保しなければならない。ともすれば、私たちは、「ほかにもっとすべきことがあるはずだ」という感覚にかられやすい。とくに、自分より他人を優先することを美徳とみなす傾向が私たちにはある。しかし、そんなことばかりしていては、創造性の回復は望めないし、欲求不満になるだけだ。  

・人にやさしくするのはかまわないが、強い意志をもたなければならない。友人のためにできる最良のことは、自分自身の創造性を回復した人間のモデルになることである。彼らの恐れや迷いに惑わされてはならない。

・今や、「自分自身にささやかな恵みをもたらす者に、神はたくさんの贈り物をする」という意味になる。あなたが自分自身に毎日一つよいことをすれば、神はもう二つよいことをするのだ。  

・変わったところからの贈り物を受け取ることをためらってはいけない。そのような助けに、素直にイエスと言える訓練をしよう。

・一日数回、ただ休息をとり、自分がどう感じているかを自問し、その答えに耳を傾けてみればいいのだ。その場合、親切に答えることが大切だ。もしあなたが何かを一生懸命している最中なら、のちに自分自身に休息を与え、もてなしてやる約束をすればいい。

・モーニング・ページに取り組むことによって、私たちは、秘め隠されている本当の感情と、まわりの人の目に映る表向きの感情との違いを識別しはじめる。

・自分にとって不愉快なことが明らかになりそうになると、かならずモーニング・ページをないがしろにしたり、やめたりする傾向がある

・モーニング・ページは、私たちが日々、思っていることをかき集め、ふだん無視しがちな小さな心の傷や、認めることができないでいる大きな成功を明らかにする。つまり、モーニング・ページはあるがままの現実に至る道を指し示すのだ。「お前は今、こんなふうに感じているのだ。それでどうする?」とモーニング・ページは語りかけてくる。その答えの一つがアートなのだ。

・自分の価値観や人生の状況が鮮明になってくると、私たちは瞬間に生きることができるようになる。私たちが創造的な自分と出会うのは、そのような場所においてである。孤独であることの自由を味わえるようになるまでは、創造的な自分とつながることはできない。

アイデンティティの変化には、好みや知覚の変化が伴う。

・一週間、活字を読まない・エクササイズ

・私たちはテレビやラジオを通して、いろいろなゴシップや休みのないおしゃべりにつきあわされている。そのため、ほとんど心が静まることがなく、自分自身の内なる声や、ひらめきの声を聞き取ることができない。だが、しばらく活字を読まないでいると、心の静寂を取り戻すきっかけになる。

・入ってくる情報に気を配り、最小限に抑えていれば、すみやかに、「活字を読まない」ことの恩恵を受けられるようになる。なにより大切な恩恵は、外向きのエネルギーの流れが出てくることだ。

・このエクササイズのねらいは、活字を読まないでいると、遅かれ早かれ手持ち無沙汰になり、遊びたくなるところにある。

・夜寝る前に、導きを必要とする物事をリスト・アップしておき、翌朝、モーニング・ページを書くときに、回答を聞くのだ。その際、あらゆる助けに心を開く姿勢でいることが大切である。

・私たちは偶像崇拝をやめることを学んでいるのだ。他人や場所や物を崇める代わりに、創造の源そのものに頼るようになれば、創造の源が人や場所や物を通して欲求を満たしてくれるのである。

・アーティストは何もしないでいる時間をもたなければならない。こうした時間をもつ権利を守るには、勇気や信念、さらには切り替えの能力がいる。  ひとりで静かに過ごしていると、家族や友人には引きこもりと映り、心配の種となる。だが、アーティストにとって、引きこもりは必要である。

・人はみな、自分勝手だと思われたくないばかりに、自分を見失い、自己破壊的になる。

・創造的に行き詰まっている人は、自分を犠牲にして他人にばかり気をつかっている場合が多い。

・だが、「ばかばかしい」という言葉は、しらけた大人が私たちの中のアーティスト・チャイルドを黙らせるために使う防衛である。

・何かをひねり出そうとするとき、私たちは自分の手の届かないところにあるものに手を伸ばそうと懸命になっている。一方、何かを「降ろそう」とするときには、努力も緊張もしない。私たちは何かをするのではなく、受け取るのだ。実際に手を下しているのは自分以外の人や物である。そんなとき、私たちは聞くことに専念する。

・脚本の書き方を教えるとき、私は生徒たちに、彼らの映画がすでに完全な形で存在していることを思い出させる。それを聞き、心の目で見、書き起こすことが彼らの役目なのだ。

・創造することは決して自然にそむく行為でも、わがままな行為でもない。宇宙は創造を歓迎し、手を貸そうと待っている。そう信じて創作に打ち込めば、きっとさまざまな助けが得られるのだ。

・完璧主義にとらわれた人は、過ちを恐れるあまり作品の細部にこだわり、全体を見失う。こうして自分の独創性を、おもしろみのない不自然な画一性に変えてしまうのだ。「間違いを恐れてはいけない。間違いなどないのだ」とマイルス・デイビスは語った。

・完璧主義者は聴衆や読み手のほうを見て、書いたり、描いたり、創作したりする。それゆえ、プロセスを楽しもうとせず、絶えず結果を気にしている。

・もし完璧にやる必要がなかったら、あなたは何をしたいだろう?

・なんらかの喪失に見舞われたら、内なるアーティストを支えてやるために即座に行動を起こそう。チューリップの花束や一冊のスケッチブックを買うだけでもいいのだ。

・プロセスに焦点を当てると、私たちのクリエイティブな生活はワクワクした感覚に満たされるが、生み出されたものだけに焦点を当てると、いつも結果を気にして、落ち込むことが多くなる。

・アートもできあがった作品がすべてだと考えやすい。しかし、そのような考えは、創造性を阻む大きな障害となる。

・創造性をせき止められている人たちは、百八十度、自分の人生をガラリと変えてしまいたいと思いたがる。だが、そのような誇大妄想的な願望は破滅の原因になりやすい。

・あなたの中のアーティストの恐怖心を取り除いてやってもらいたい。そのためには、自分をののしるのはやめて、やさしくしてやる必要がある。怖いなら怖いと、ありのままに認めることも大切だ。

・多くの人が健康なアーティストになろうとしないのは、傷ついたアーティストでいるほうが同情を集められるからだ

・「わかりました創造の神さま、作品の出来はあなたにお任せします。私は作品を作りつづけることに専念します」。

・心底、楽しく創作に打ち込んでさえいれば、他人が何をしているかなど気にならなくなるはずだ。

・どうか、羽が生えたばかりの作品のよしあしをあまり早く決めつけないでもらいたい。エゴはいやがるかもしれないが、下手でもどんどん積極的に絵を描いたり、文章を書いたりしてみよう。

・私たちは、創造せずにいられないものがあるから創造する。

・自らの創造性を高めたければ、つきあう人を慎重に選ぶことが大切である。あなたの中のアーティストを「あなたのためよ」と称して抑えつけてしまうような人とはつきあわないほうが賢明だろう。

・生き方とアートは切っても切れない関係にある。つまらない人生を送っていると、それが否応なく作品にも反映されるのだ。

・クリエイティブな人生を維持したいのなら、初心に戻る謙虚さが必要だ。

・内なるアーティストを無視すると、その代償がすぐに外側の世界に現れる。創造行為が機械的になって生気を失い、創造が少しも楽しくなくなる。その結果、作品の魅力も失われ、経済的にも下降線をたどらざるをえない。

・何かを創造するには、信じることを知らなければならない。信じるには、物事を操作しようとせず、起こるがままに任せる勇気が必要である。

・「あなたの至福の思いに従いなさい。そうすれば、それまで扉がなかったところに扉が開くでしょう」。

・私たちは、アイディアが植物のようにゆっくりと成長するのを見守ろうとせず、何かにつけていじくりまわしたがる。だが、操作しようとすればするほど、本来の創造のプロセスから離れていく。創造は物事を操作することによってではなく、ありのままに物事を受け入れることによって可能になるのだ。

・私たちが関心を寄せる創造性は「芸術」に限定されるわけではない。いわゆる「趣味」と呼ばれるものも、人生を創造的に生きるための重要な手段となる。

・趣味は精神的な利点も伴っている。趣味に精を出していると、私たちはエゴの欲求から解き放たれて謙虚になり、大いなる源と一体になれるのだ。すると、個人的な問題や創作上の問題を解決する視点をもつことができる。

・もっとタチが悪いのは、あなたの身近な人や信頼している人が「あなたのため」と称して投げかける「本当によくよく考えて決めたことなの?」という問いである。